宮城県中田町は、一次産業の低迷・地域人口の減少・高齢化の進展・観光資源の欠乏等から、地域活力の維持・増進を図る打開策が求められていました。

その一方で、年代を問わぬ伝達手段としてマンガを高く評価していて、町はマンガを通じた生涯学習を推進していました。

この様な背景からマンガ産業の育成に向け、中田町は平成10年度「石ノ森章太郎ふるさと記念館」事業を打ち出しました。

石ノ森章太郎先生は中田町の出身者で、平成10年に逝去されましたが、国内外に広くファンを持つ、日本を代表するマンガ家です。
記念館の事業には、マンガ産業の発信や身近な就業機会の拡大等、町の大きな期待が寄せられていました。

建設予定地には民家の跡地が選ばれました。
しかし、建築工事の造成で、敷地の面影は失われてしまいます。
記念館に付随する、外構公共用地(約1ha)の計画が必要となりました。

私はランドスケープの担当責任者として、計画に携わる機会を得る事ができました。

まず、計画に当ってはテーマ付けが必要です。
私は「ふるさと景観の復興」をテーマとして揚げました。
その理由は、「ふるさとが持つ独特の原風景」こそ、来園者に地元の個性を親密に醸し出す「そのものズバリ」と思えたからです。
具体的には文化・風土等、社会的な側面も含め、地域に受け継がれてきた親しみの持てる自然環境の復元を目指し、代表的な故郷景観を印象付ける、裏山・流れ・池・小川・庭先等の景観を創出していこうと考えました。

その中でも「ふるさとの小川」を創出した過程についてお話したいと思います。

  • 石ノ森先生の原風景

生前石ノ森章太郎先生は、「中田町国づくりフォーラム」の中でと次の様に語っていました。

「実家のすぐ側の小川を観て、僕は今の情感や感性を育てていった。あそこに行けばメダカが観られるというひとつの魅力。そのような場所を確保していくことで東京へ行って、くたびれた人々がまたこの町に帰ってきてくれる」と・・・。

私は石ノ森先生が、都市化していく「ふるさと」の喪失に心を砕き、今は無き身近にあった「メダカの小川」に原風景を抱いていたと感じました。

  • メダカの実情

不思議に思われるかもしれませんが、メダカは現在レッドデーターブック(絶滅危惧種)に掲載され、絶滅の危機が増大している種として認識されています。
(メダカについてはイキモノブログで詳しく書きます)メダカは、人為的な影響で、その生息環境が悪化して、生存が危機的状況にあるのです。

メダカの棲める自然環境の創出は、生き物や環境の重要性を人々に喚起させる題材になります。
また、広い意味で生涯学習の理念や故郷景観の概念とも合致します。

私は小川を「メダカの棲むビオトープ」として位置づけました。

  • ふるさとの小川とは?

さて、メダカが棲みやすい

ふるさとの小川」を計画しなくてはいけません。

水源は井戸水でした。井戸から水中ポンプで水を汲み上げ、

人為的に「小川のセセラギ」を造るのです。

メダカは、流れてくる餌を捕食する習性を持っています。
メダカは緩やかな流れを好むと考えられます。

でもその「流れの速さ」とは、どの程度のものなのでしょう?

私は、ポンプの規格(流速)を決めるためアレコレ思案していました。

結論的には発想の転換を図り、感性から次のように考えました。

メダカが泳ぐ「ふるさとの小川に人がササ舟を浮かべ、それを目で追いながらゆっくりと歩いて付いていくのどかな情景」を描いてみます。
人がのんびり歩く速度は1時間に2.5km程度。〈人が普通に1時間で歩く距離は一里(4km)と云われてます〉
この速さの1/5程度が早くもなく、遅くもなく、ちょうどいい速さと考えました。

この先はチョット専門的で恐縮ですが、この前提条件から小川の平均幅員を1m・流積0.02m・租度係数0.04・平均勾配0.5%で設定し、マニングの公式から、0.18㎥/minの流量が吐出する井戸用水中ポンプを採択しました。

また、滝口から水がメダカの小川に注ぎ込むまで、1m程度の落差をつけ、流れを蛇行させながら所々に瀬落としを設け、落下とともに溶存酸素を取り込む工夫も凝らしました。

そしていったん大池に水を貯留し、ぬるまった水が最後にオーバーフローでメダカの小川に注ぎ込むといった計画をしたのです。
メダカの棲息環境として考えられる、目一杯の配慮をしたつもりでした。

工事が完成すると水を流し、池に水を張ってみます。5日ほど放置して池を馴染ませました。柔らかな水となって、メダカの小川が完成したのです。

開園前、地元の人たちがメダカを取って来て、放流しました。

流れに逆らい、気持ちよさそうに群れをつくって泳いでいるメダカたちを観て私は「新たの別荘地だ。たくさんの子孫を増やしてくれよ」と独り言を呟いていました。

Notes
・石の森章太郎ふるさと記念館ーメダカの小川ー
・平成12年7月25日完成